2010年08月08日

お風呂

はやいもので、すでに残暑というべきか…。
毎朝の散歩の後
汗まみれになった体を、シャワーで洗い流す。
風呂場で、ただ、蛇口をひねれば
心地よさを満喫できるのだ。

「あ~あ、キモチい~!」…至福の時。

さて、半世紀以上も前の話ではあるが、
私の幼、少年期には
毎日、お風呂に入ることさえできなかった。

理由は、経済的に「もったいない」の一言。

なにせ、その時代、瞬時にお湯が出るなどという
システムが無かったからでもある。

では、あっつい夏場をどうしたか。
幸いなことに、自然を利用できたのである。

我が家の近くには、今でも流れている枝下用水が
自然水として、十分、お風呂の役目を果たし
当時は、水も今以上に澄み、水泳、行水と日課であった。


寒い冬場、二日に一回は、お風呂に入ったが
廃材や藁を利用して、沸かしたのであり
農家であった為、燃料としての藁には重宝していた。

その当時、子供にとって
風呂焚きはめんどうな義務であり
また「空焚き」という失敗をする度に
ひどく叱られる、やっかいな手伝いであった。


その後、高度成長期をむかえ
初めて、スイッチ一つで
お風呂のガスに点火した時の驚きと喜び。
「あー、風呂焚きしなくてすむぞ~!」と叫んだものである。


また、そのスイッチも屋外に設置されていたものが
やがて、風呂場の中に据え付けられたのであり
まるで、革命であった。

屋外にスイッチがあれば、
湯がぬるくなると、自ら、裸で出ていく。
もしくは、家族の誰かに
「風呂の湯のスイッチ、点けてえ!」
大声で叫ぶしかなかったのである。


ちなみに、これは、自宅にあった内風呂の話であるが
多くの家庭では、銭湯など公衆浴場を
利用していたことも事実なのだ。


今では、昔を懐かしみ
わざわざ、銭湯に出かけることも…。

数少なくなってしまったが
例えば、私の祖母の妹が経営する「鶴の湯」だ。

「松の湯」「梅の湯」「竹の湯」「亀の湯」等々
銭湯の屋号を並べるだけでも、懐かしい~!

今流行りのスーパー銭湯にはない、風情があるものだ。

以上、思い出に残る風呂物語であるが
この先、人生の終りにお世話になるのは「湯潅」。
私自身「キモチい~!ゴクラク…ゴクラク…」
声にすることのない
最後の人工風呂といったところですかねえ。




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