2010年08月20日

日本語の美学

現代社会において
何の疑問ももたずに使っている言葉が
いささか狂いの生じた「時流」の中にあることを知るべし。


その狂いを「知って使う」のと
「知らないで使う」とでは、雲泥の差なのだ。

外山滋比古氏の著書「日本語の作法」によると
かつて、大正時代
「とてもきれいだ」というような言い方が始まって
心を痛めた人がいたという。


「とても」は、元来、そのあとに
否定の言葉を伴うものと決められており
「とても考えられない」のように使われるのが一般的であって
「とても美味い」「とても上手だ」などのように
肯定的文章で結ぶのは、文法上、誤りであったというのだ。

現代では「とても美しい」という文言を
「そんな言い方、変じゃないか!」と言う人はいない筈だ。


が、しかし、文章に書き表す場合、
今なお、避ける人は、少なくないし
新聞の文章でも使われていないという。

日頃、よく用いられる「ぜんぜん」という言葉も
本来は「ぜんぜん、面白くない」「ぜんぜん、話にならない」など
否定文として使われてきたものが
多くは「ぜんぜん、大丈夫」「ぜんぜん、すごい!」
肯定文として用いられている現状だ。

だが、さすがに、この「ぜんぜん」に続く肯定文は
完全に許されているとは言えないのである。


「ほうだよねえ、ほんな言い方、変じゃあ~ん。
使わんようにしな、いかんがね。」にっこり


三河弁、丸出しでおっしゃってる、そこの貴方~…おっとー
故郷の言葉も大切ですが、
今回は「日本語の美学」のお話ですからねえ。


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