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2010年08月15日
My棺
長い間、この仕事に携わる中で
未だに経験のない事として、真っ先に挙げるならば
「生前からのMy棺の注文」である。
最近では、お世話をさせていただく方々の
半数あまりが、事前相談にお越しになる状況であり
様々に前準備に余念のない方も
さすがに、具体的なお棺の注文は皆無なのだ。
さいごの最後まで、避けてとおりたいということなのか。
人は、日々の暮らしの中で、
当然、「眠る
」という行為を大切に考えており
ベビー蒲団、ゆりかご、子供布団、畳、ゴザ
ハンモック、ベッド、大人蒲団等々
欠かせないものとして、選択し、愛用する。
なのに、最後の眠りの場所である「My棺」を
結局「他人まかせ」にしているのだ。
映画「おくりびと」の中で、葬儀社の事務所に
棺の陳列コーナーが映し出されたが
あくまでも演出であり
果たして、日本中の葬儀社の中で
何社に、こういったコーナーが特設されているであろうか。
むしろ、展示できないのであり、必要になって
初めて、用意されるといったものである。
アメリカなどでは、むしろ
棺を中心にした葬儀空間であり
各種の棺がチャペルの中に展示され
生前に選択されるという。
これは、本尊と祭壇を中心としてきた
日本の葬儀文化との違いとも言えるであろう。
昨今、葬儀に関する一般消費者の関心も高く
今後は「My棺」にこだわり
生前から選択する人々が現れるであろう。
それにしても
先回のブログ「お風呂」にも関係するのだが
最後の蒲団に入る際、生まれた時と同様に
自分ではどうすることもできず、
まわりの人のお世話が不可欠なのである。
ましてや「おやすみなさ~い!」と
自ら声を発することもない。
「My棺」から考える
「生」と「死」の話である。
未だに経験のない事として、真っ先に挙げるならば
「生前からのMy棺の注文」である。
最近では、お世話をさせていただく方々の
半数あまりが、事前相談にお越しになる状況であり
様々に前準備に余念のない方も
さすがに、具体的なお棺の注文は皆無なのだ。
さいごの最後まで、避けてとおりたいということなのか。
人は、日々の暮らしの中で、
当然、「眠る
」という行為を大切に考えておりベビー蒲団、ゆりかご、子供布団、畳、ゴザ
ハンモック、ベッド、大人蒲団等々
欠かせないものとして、選択し、愛用する。
なのに、最後の眠りの場所である「My棺」を
結局「他人まかせ」にしているのだ。
映画「おくりびと」の中で、葬儀社の事務所に
棺の陳列コーナーが映し出されたが
あくまでも演出であり
果たして、日本中の葬儀社の中で
何社に、こういったコーナーが特設されているであろうか。
むしろ、展示できないのであり、必要になって
初めて、用意されるといったものである。
アメリカなどでは、むしろ
棺を中心にした葬儀空間であり
各種の棺がチャペルの中に展示され
生前に選択されるという。
これは、本尊と祭壇を中心としてきた
日本の葬儀文化との違いとも言えるであろう。
昨今、葬儀に関する一般消費者の関心も高く
今後は「My棺」にこだわり
生前から選択する人々が現れるであろう。
それにしても
先回のブログ「お風呂」にも関係するのだが
最後の蒲団に入る際、生まれた時と同様に
自分ではどうすることもできず、
まわりの人のお世話が不可欠なのである。
ましてや「おやすみなさ~い!」と
自ら声を発することもない。
「My棺」から考える
「生」と「死」の話である。
Posted by 三浦一夫 at 09:49
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